思い出したくもない思い出。
去年の夏あたりからの事だ。僕の周りに異変が起きたのは。
初めに気付いたのは学食での事だ。
昼食の最中、仲間に呼ばれて席を離れたのは数分間。
戻ってきた僕は奇妙な違和感を感じたが、その日は特に気にする事もなく食事を終え授業に戻った。
だが、その奇妙な違和感は日を重ねれば重ねるたびに増長し、違和感の元もエスカレートした。
学食で昼食を食べれば食器の位置が代わっていたり、私物が頻繁になくなったり、イタズラ電話が1日に何度もかかってきたり。
その正体を突き止めたのは冬の寒い日のことだった。
どこからどうみても普通の可愛い女の子、…名前はそうリサ、リサだ。
同じ大学の後輩でサークルも同じだった彼女とはそんなに面識もなかったはずなのだが、仲間と協力して出所を調べたら彼女に行きつき、彼女もまたその犯行を認めたのだ。
彼女…リサの部屋からは、凄まじい量の写真や、僕から盗んだ私物が出てきたのだ…。
この記憶は、拭いたくても拭いきれない、恐怖の記憶だ。

僕はその過去を洗いざらい全てページに書き綴った。

「消えてくれ、頼むから消えてくれ」

苦々しく呟きながら、怪しげに光る栞を挟み、少々荒っぽく本を閉じると急に胸がすっと軽くなったような感覚に陥った。
そして酷く眠い。

「なんか最近夜更かしとかしてたっけか……」

レポート等もなかったはずだし…と呟きながらも欠伸が止まらず。
その日僕は睡魔に誘われるままに、ベッドに沈み込んだ。

「…さん………原さん………笠原さん!!」
「え?」

翌日僕は下校途中、見知らぬ女性に話しかけられた。

「…ごめんなさい、私…約束を……………」
「約束?何の事?」

胸のあたりに微かな違和感は感じたものの、やはり名前も顔も一致しない。
人違い?それはないか、僕の名字を知ってるんだから。

「え??本当に……………覚えてないんですか??」
「………ごめん、大事な約束だった?」

僕がその言葉を発した瞬間。
彼女が不自然なほどの笑みを浮かべたような気がしたが、ぬるっとしたその不自然さは彼女の言葉にかき消された。

「酷いなぁ…一緒にランチしようって言ってたじゃないですかぁ」
「え?そうだった…の?」

「それにぃ、笠原さんいつまでたっても私の名前覚えてくれないですよね!」
「あ、ごめん…」

たしかに記憶力は悪い方ではないが、人の名前を覚えるというのはどうにも苦手だという自覚があった。

「もー!サークルも一緒で何度か一緒の席にも座ったのにぃ…」

そう言って拗ねるようなしぐさを見せる彼女は、可愛らしく。
なぜ今まで忘れていられたのだろうか、と思えるほど僕の好みのタイプだったというのに…。
肩で切りそろえられた柔らかそうな黒髪。薄く施された化粧がまた好印象だ。

「聞いてます?笠原さん」
「ああ、ごめんごめん」

「んもー!リサ、リサです」
「そっか、うん、今度は忘れないよリサちゃん」

「はい!あ!でも約束忘れてたんですから、リサ、ちょっといいもの頼んでもいいですよね?」
「ははっ、抜け目ないなぁ」

それからというもの、よくよく彼女と出かけるようになった。
彼女と歩いてる姿を友人が見かけたらしく、「おまえ、正気か?」と尋ねられたが、
やっかみだろうと優越感すら味わっていた。

「はい、これ好きでしょ?」
「お、サンキュー」

「でも変だよねぇ。オムライスにお醤油って」
「笑うなよ…結構美味いんだから…………………あれ?リサと一緒にオムライス食った事、あったっけ?」

「え?…………………………………やだなぁ前に…………話して……………くれたじゃない」

妙に落ち着いてそう答えた彼女に、そっか、と短い返事だけして昼食を取る。
その最中リサからの視線が僕に向かうものだから、

「…なに?顔になんかついてる?」
「え?……………………ううん、豪快に食べるのいいなぁって」

そうかなぁなんてまんざらでもない態度で答えて、その日は家に帰った。

「でも…やっぱり…何かおかしいんだよな………………」

僕は自分の事を話すのはとても苦手だ。
そのせいで、なかなか親しい友人が出来ないのが悩みの種なのだが…。
しかし、リサと話をしたり同じ空間にいるのは酷く楽なのだ。
話した事もないような所まで理解してくれている、前に不審に思って、何故そんなことまで?
と聞いた事がある。
その時は「え……なんか恥ずかしいなぁ……前から好きだったから情報収集してたんだよ」と煙に巻かれたのだけど…………。


家についてすぐ、僕は得体のしれないあの本と、怪しく光を放つ栞をテーブルに置いた。
本には「笠原友也の記憶」とタイトルが記されている。
怪しげなフードの人物に貰ったものだ。
この本に書き綴った記憶が消える、と、そいつは言った。
何か…何かを書いたような気がするのだが、ページをめくっても文章が書いてある形跡はない。
そういえば…
「そうしたら、あなたの記憶はきれいさっぱりなくなります。
 もちろん、本のページからもなくなりますよォ。」
そう、フードの人物は言っていた。
と言う事は、書いた文章が消えてページが真っ白になっている、という事も考えられるのか。
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