「元気そうだな。顔色も良くなったようだ」
「うん」

「ジュノは良くしてくれているか?」
「うん」

カチャカチャと食器とナイフとフォークが擦れる音がする。
ササラはこの手の食事が得意じゃないから、大変そうだと横目だけでも容易に確認できた。
水を差してはいけないと、心の中でだけ、がんばれとエールを送っておくだけにとどめる。

「ジュノも壮健そうで何よりだ。ササラは好き嫌いしていないか?」
「はい…面白がって何でも食べてくれます」
「だって、ジュノの作るご飯美味しいもの」

「はは、そうかそうか。今度是非、私にもご馳走してくれ」
「はい、機会があれば」

俺とおじいが会話している間にも、ササラは皿に盛られた料理と格闘しているようだ。

「そうだ、ササラ」
「ん?」

「……いや、仕事の話しは食事の後にしようか」
「………………うん」

仕事、という単語がおじいの口から出て、ササラの様子が少しだけ変わる。
ちらりとこちらを窺ってそわそわし始めた。
俺の機嫌が悪くなる事を心配しているのだろう。
小さく微笑んで、大丈夫だ、というとほっとしたように息をついた。

「車はどうだ、快適か?」
「はい、騒音も少ないですし、本当にわざわざ新車で買って頂いて………」

「良い良い、ササラの電車嫌いは知っていたしな」
「だって。新幹線、耳がきーんってするから」

「お前たちが快適ならそれで良い。それくらいの事はさせてくれ、なに、おじいのワガママと思ってくれて構わんよ」
「うん、ありがとう、おじい」

本当に目に入れても痛くない程、という言葉はこう言う時に使うんだと思う。
おじいが今までの分とばかりにササラに心を砕いている事が見て取れる。

「……………ササラ」
「ん?」

「今度は和食にするか。箸の方が上手く使えるだろう」
「………うん。でも、練習する」

「そうすると良い。覚えておいて損はないからな」

こうしてみると自分はとても場違いなんじゃないかと思えてくる。
家族水入らずの方が良いのではないかと。
だけど、ササラは未だにおじいに遠慮してしまう節があるらしく時折こうして俺も相伴に預かるようになった。

自分に良くしてくれるおじいの事は、ササラも大事に思っているのだろうけど。
いつもなんとなく居心地が悪そうで。
でもそれは同時に、今はまだこの空間に俺が必要だという事でもある。

「ジュノ」
「はい」

「…ササラはこの通りだが、お前も無理をするんじゃないぞ」
「…………はい」

「お前の事も、孫同様に思ってるジジイに心配をかけんでくれよ」
「………………龍之助様」

「これこれ、おじいと呼んでくれと前にも言っただろう」
「…………おじい」

いつもそうだ、こういう事があると思う。
ササラは間違いなく、龍之助様、いや、おじいの血を引いているな、と。
似ているのだ。姿形ではなく、心の在り方や俺への接し方が。

「どうした?」
「いえ、ササラと似てるな、と思いまして」

「そうか?」
「そうなの?」

「ええ、とても」

そうかなぁと首を捻る二人に、そういう所が似てるんだよ、と声には出さずに笑った。
だから、もう少しだけ。
あと少しだけ、この空間にある自分の場所に座っていよう。
いずれこの席が要らなくなるその日まで。

いつかその日が来ても、俺は。


「ジュノ?」
「…………なんでもないよ」

こうやって笑っていられるのだろうか。
そんな思いは、ササラが食器と格闘する音に掻き消された。
inserted by FC2 system