思いがすべて溶け出て行くように、ペンを握ったが最後、彼がするすると真っ白なページを埋めて行く。
おやおやまぁ…随分彼女の事好きだったんじゃぁないですか………。
そーんなことまで、あーあーあー、見ちゃいられないねぇ……………。
笠原、友也の消したい記憶…ね。
春、おやおや一目ぼれされちゃったんですか…。すっぱり好みじゃない、なーんて言って泣かせちゃってるじゃないですかァ。
夏、随分とまぁ仲良くなって………、金魚すくいに夢中になって…浴衣の裾濡れちゃったんですねェ。
秋、柄にもなく映画鑑賞ォ?そしてどっちも寝ちゃうとか、笑い種もいい所でしょォこれ。
冬、初めてのクリスマスですかァ?そろいの指輪……え?まだ捨ててないんで?冬物のジャケットのポケットの中、ねェ……

っておいおい、お兄さん。
こりゃあ栞は挟めねーよ。

「どういう事だ?」

そりゃーお兄さん、あんた今。

「泣いて…………る…………のか……………?」

そうさ、泣くほど愛おしい記憶。
泣いてしまうほど失いたくない記憶。
あんた、その記憶に、栞、挟めるのかい?

「………だけど、陽菜はもう」

あーあ、やっちまったよォ………。
アンタ今、なんて言った?

「…え?………陽菜はもう、この部屋にはいない……」

そうだ。そうだよなァ…陽菜ちゃんはもうこの部屋にはいないよなァ。
んで、その陽菜ちゃんとお兄さんはどう言ったご関係で?

「一緒に…………この部屋に…………陽菜は僕の…………」

あーあ、…これで終いだなァ。

「どういう…事だ…!?」

お兄さん、アンタは嘘つきなんだよォ。
その記憶は消したい記憶じゃないってことだ。
だからよォ………その本が。
あんたの記憶、吐き出しちまったのさ。

「…何故?」

何故?何故だって?
こっちが聞きたいくらいさね。
アンタは本当は消したくない愛おしい記憶を、消そうとしたんだ。
無責任に甘い記憶だけを書きつづった。
なのに、どうだい?消えたはずの記憶は今アンタのそこにある。
どういう事か説明して欲しそォな顔してんじゃないか。
その本はさァ…本当に消したい記憶しか吸い取っちゃくれねェのよ。
そんで一番真っ黒で美味しいトコを私が頂くってー寸法だったんですけどねェ?

「…真っ黒が美味しいのかよ」

まぁまぁ人の好みはそれぞれでしょォ?四の五の言わないでくださいよォ。
とにかく、その本はタイトルに書かれた人間が本当に消したい記憶だけを食い物にする。
いわば本の化け物。それの飼い主が私って所ですねェ…。
だけどお兄さんは嘘をついた。本当は消したくない記憶をその本に書いちまった。
だからまっずい記憶は食えませんよーって、その本がアンタの記憶を吐き出して、アンタに戻しちまったのサ。
だからアンタは陽菜さんの名前も、思い出した。
髪型がロングヘアだったのも思い出しやしたね?そんじゃあ、初めて作ってもらった手料理に感激して泣いちまったの…

「それは言わないでくれ!!」

も、思い出しちまった、と。
あーあー、とんだくたびれ儲けですよォ……………。

「………って、言われても」

ふむ、どうやらお客のようですよォ?

「は?」

窓の外、見てみたらいかがっすかァ?


「……………陽菜」
「友…ちゃん………あ、の……」

「…陽菜、どうして」
「ごめんなさい……私会いに来る資格なんか…ないのに……友ちゃんから…逃げた…のに…」

「……僕が……」
「…え?」

「僕が………引きとめられなかったから………情けなかったから……ごめん、陽菜」
「友ちゃん………」

「もっと早く…こうしておけばよかった……」


あーあー、人を目の前にして随分お熱いこって。
ん?ああ、そういえば私、人じゃあありませんでしたねェ………
さァて………消したい記憶もなくなっちまったみたいですしィ。
私のだーいすきな真っ黒ーいご馳走もないみたいですしィ。
ご馳走食べ損っちまったよォ。なぁ?
この幸せいっぱーいの空気、私らには毒以外の何物でもないって、なァ?
腹も減ってるし、真っ黒ーい記憶もってそうな奴の夢の中にお邪魔しようかね!
お、そこのお姉さん、アンタなんか良さそうだねェ。

思い出したくない事は、誰でも一つくらいはあるものでしょう?
消して、差し上げますよ。ええ、もちろんきれいさっぱり。ね。
ああ、記憶って言っても優しかったり、美しかったり、あまーい記憶はお断りですぜ?
私ら化け物が好むのは、切ない、寂しい、悲しい、憎い、恨めしい、そう言った真っ黒な記憶に限る。
私らにとっては、最高の美味、ですからねェ…。
そんじゃ、退散しますか…………あら、よっと。

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