ああああ!!!ちょっとお兄さ…!!!ああ、………あぁ…。
なんてことをォ……

「そんなこと言われて…、も…」

書き途中で中途半端に栞を挟まずに閉じたりしたらァ…

「…どうなるんだ?」

さァ〜、ど〜なるのかなァ?

「勿体ぶらずに教えろよ…」

私にもわかりませんねェ?
誰のとも知らない記憶を植えつけられるかもしれないですしー、はたまた本当は消したくないとっても大事な記憶が消えちゃうかもしれないですねェ。
ああ、私の事はまだ覚えてますかねェ?

「…ふざけるなよ!」

ふざけてんのはお兄さんでしょォよ。
私は正しいその本の使い方を教えたはずだ。
それを一時の感情で、アンタは書き途中の本を閉じたんだ。臆病風に吹かれちまってよォ…
たとえば、春に桜を見に行って酔っ払いに殴られた記憶を消したいとする、だからその文章を本に書くよなァ?
だから桜を見に、丘の上の公園に行ったって所まで書いて、あーやっぱりあの桜は綺麗だった、同僚とも仲良くなれるキッカケになった、だから消すのはやめとこうかなーなんてフラフラ考えて、途中で書くのをやめたとする。
すると、本はこの記憶は消したい記憶なのか、そうじゃないのか、判別がつかないワケだなァ。
消えるはずの記憶…そいつぁ言い換えれば、本にとっちゃぁ食事だな。
だがその食事は、食べれるもんなのか、食べれないもんなのか判別がつかない。だから食ってない。
ってーのに、お兄さんは栞を挟まずに本を閉じちまった。目の前にあった食事に見える何かが、サッと消えちまってお預け食らっちまったってー事だなァ。

「それが…どうしたっていうんだ。僕には関係ない…」

あぁ?涼しい顔しやがってまァ…………お兄さんにも無関係じゃないっていいませんでしたっけ?ああ、言いませんでしたね。じゃあ今言っときましょう、お兄さんにも無関係じゃないんですよォ。
書き途中の記憶、ぶっ飛んでるでしょォ?

「……そうなのか?よく、わからないが」

ぶっ飛んでるハズですよォー?あと消した記憶は戻ってないハズですしねェ。
中途半端に名前だけ覚えてるでしょォ?
…あーあ、見当違いだったなア。お兄さんならその本、有効に使ってくれると思ったんですけどねェ

手のひらを上にして、指先をちょい、と持ちあげて、本の方を指さす。

「え…?」

ふわりと本は浮かび上がり、自分の手元に戻ってくる。

こいつァ…返して頂きますよ。これ以上お兄さんが持ってても、碌に使いやしないでしょーからね。
あとは自己責任、二度と会わないのも、新しい関係を作るのも、自由でさァ。
よっと…

<視点切り替え>

部屋の大きな姿見に向かったそいつは、指先で軽く鏡に触れると壁などないように、するりとその中へ吸い込まれて行った。

「なんだったんだ……僕、疲れてるのかな」

その日は、すぐに床につく事にした。
考えてもしょうがない、とそう思ったからだ。
翌日僕は、けたたましく鳴るインターホンの音で目が覚めた。

「…………誰だよ。こんな朝早くに……………」
「あ、あの…ごめんね?友ちゃん………」

「あぁ?」
「……相変わらず朝は、機嫌悪いんだね。部屋…入っていいかな?」

「なんなんだよ…アンタは…」
「これ、好きだったでしょ?駅前のカフェの朝限定」

そう言いながら僕の返事を待たずに女が部屋に押し入ってくる。
不審者として通報してやろうか、とも思ったがどうも頭が上手く働かない。

「………その顔、本当に忘れちゃったんだね」
「何が言いたいんだ……」

「忘れたなら、それでもいいよ」
「おい、離れろよ」

「離れないよ!だって、私、まだ友ちゃんの事好きだもの」
「……は?」

「いいよ、私のこと忘れたままでも、……またはじめようよ」

………この子は何を言ってるんだ?

「春には…桜を見に行って……夏は、夏祭りにいって…………」

彼女の瞳から大粒の涙が流れた。

「大丈夫だよ…きっと、きっとやり直せるから……今度は私逃げないから、頑張るから……」

細い腕が僕の体に回る。
僕は自分でも驚くほど自然に、彼女の涙を指で拭い、細い体に腕を回した。


それから数年経って、僕と彼女、ひなは一緒に暮らしている。
この部屋には、揃いのカップが3つ。

「パパ!早くしないと遅刻しちゃうよ!!!起きて起きて!!」
「…………あと、10分……」

「ママー!パパが起きないよーー!!」


あのときの事なんて、何もなかったのように。
幸せに暮らす家族の姿がありましたとさ……私?
そんなこと、貴方が気にする必要はないですぜ。
え?この本………?気になっちゃいましたァ?
これはねぇ……………


思い出したくない事は、誰でも一つくらいはあるものでしょう?
消して、差し上げますよ。ええ、もちろんきれいさっぱり。
その代償と言っちゃあなんですが……、ああ、そんなに怯えないでください。
別に命を取ろうなんて思っちゃあいませんよ…ヒヒヒ。
ああ、代償ね。そうだそうだ。
…あなたの思い出、私に下さりませんかねえ?
え?何に使うのかって?
そりゃあ野暮ってもんですよォ、お兄さん。
別にきれいさっぱり片付けたい思い出なんですから、未練もないでしょォ?
ヒッヒ…、まぁじっくりゆっくり考えてくださいな。時間は、たっぷり、あるんですから。

……………ねぇ?
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