何かがおかしい。絶対におかしい。
やはり僕は記憶を消したんだ。
しかし、どんな記憶を消したんだ?
そんなに消したい…記憶だったのだろうか…。

頭を悩ませているとふいに携帯の画面が光った。
携帯を開いてみるとメールが届いていた。
ああ、そうだ。明日はリサの家で一緒にレポートをする事になってたんだった。
時間を夕方にずらして欲しいという事だったので、了解、とだけメールをしておいた。

午後6時を過ぎた頃、リサと駅で待ち合わせをしてファミレスで軽い夕食を取り
二人でリサの家に向かった。

「ごめんなさい。急いで片付けたんだけど…まだ散らかってて…」
「そう?普通にキレイだと思うけど」

「私、お茶淹れてくるね!あ、紅茶でいい?」
「うん」

散らかってて、と彼女は言うけれどとてもきれいに整頓されている部屋だ。
…………ただ一つ、気になる点を見つけてしまった。

「なんだ……………この数…………」

壁一面に、小さい穴がいくつも空いているのだ。
何か…飾ってあったのだろうか?
立ち上がり、良く見ようと思ったところで…

「友也?………………………どう、したの?」

そうリサに声を掛けられた。

「え?ああ…………いや、ここ、何か飾ってたのかなって」

「ああ……………父がね、絵を描くのが趣味なの。………新しいのにどんどん張替えしてたらそんな風になっちゃって…ちょっとみっともないよね。それよりお茶…どうぞ」

「へぇ。そうだったんだ。あ、ありがとう」
「お砂糖はいらないよね?ミルクはこれね」

ああ、と短い返事をして受けとった。
その時にも鈍い違和感が体を駆け巡った。
僕は、外で紅茶を飲む習慣はほとんどない。
加えて、コーヒーはブラックが好きだけれど、紅茶にはミルクだけを入れる。
そんなに細かい所まで、リサの言う情報収集で分かるのだろうか?
やはり、何かがおかしい。

「なぁ…リサ」
「んー?なにー?」

「僕とリサって、もしかして前にも………」
「友也」

核心に触れようとしたその時、ゾクリとする程低く冷たい声が鼓膜を震わせた。

「それって…そんなに重要な事、なのかな?」
「え?」

「友也………………私の事、好き?」
「なに…急に」

急にそんなことを聞くものだから、恥ずかしくなってリサから視線を反らした。

「ヤダな…前から聞きたかった事だよ?…私は友也の事……大好き、友也は?」
「僕も………リサの事、好き、だよ…」

やけに真剣なリサに圧倒されたけれど、
たどたどしい言葉で好きだよ、と告げればリサは満足したように微笑んでくれた。

「じゃあ………いいじゃない過去がどうかなんて…関係ないよ」

するりと回ってきた腕に一瞬だけ寒気がした。
でもそれはすぐに羞恥にかき消される形で消えてなくなった。

「ずっとずっと、一緒に居たい」
「リサ…」

「ずっとそばいにいて?」
「うん」

「……………………嬉しい。大好き、大好きよ友也。大好き、……………愛してるわ、愛してる…アイシテル…」


これが、幸せなのだろうか?と、疑問を抱いた時にはもう、遅かった。
棘のついたバラの蔦が絡まるように、蜘蛛が獲物をじわじわ毒牙にかけるように…。
彼女の闇に引きずり込まれてしまったのだ。


あの時思ったの。
ああ、神様は居るんだって。
だってそうでしょう?あなた、何も覚えていなかったのだもの。
もう僕の前に現れないでくれ、なんて言われた時は、この世の終わりだと思ったわ。
でも、やっぱり神様は見ていてくれたのね。

ねぇ、友也。
ずっとずっと一番に愛してあげる。
一番大事にしてあげる。
だから、今度こそ、貴方は私だけのものよね?

「ねぇ、言って?アイシテルって、私だけをずっと愛してるって、ねぇ、もっと言って、もっと…もっと…」

もっと言って、私が飽きるまで。
もっと言って、私しか見えなくなるまで。
もっと、もっと言って友也。


思い出したくない事は、誰でも一つくらいはあるものでしょう?
消して、差し上げますよ。ええ、もちろんきれいさっぱり。
その代償と言っちゃあなんですが……、ああ、そんなに怯えないでください。
別に命を取ろうなんて思っちゃあいませんよ…ヒヒヒ。
ああ、代償ね。そうだそうだ。
…あなたの思い出、私に下さりませんかねえ?
え?何に使うのかって?
そりゃあ野暮ってもんですよォ、お兄さん。
別にきれいさっぱり片付けたい思い出なんですから、未練もないでしょォ?
ヒッヒ…、まぁじっくりゆっくり考えてくださいな。時間は、たっぷり、あるんですから。

……………ねぇ?
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