何を根拠のない事を考えていたのか。
使っているかもしれないけど、使っていないかもしれない。
今彼女は僕にとって、大切な人だ。迷うことなんかなかったんだ。
その時ふいに携帯が鳴った。
ディスプレイの表示を見ると、リサと短い名前が表示されている。
通話ボタンを軽く押して、通話に出る。
「はい、もしもし」
「あ……友也?」
「そりゃ僕の携帯だし…今ちょうどリサの事考えてたんだ」
「ホント?ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな」
聞いただけでも嬉しそうに弾んだリサの声に、自然と顔がほころぶ。
「じゃあ…………………………たけど、いいよね」
「ん?ごめん、良く聞こえないよ…外?」
そういえば踏切の音や、車のエンジン音なんかも聞こえている。
「うん、そうなの…………………今ね、近くまで…来てるの…………寄ってもいい………かな」
「あれ?そうなの?んー…散らかってるけど、許せよな」
軽く笑う声がして通話は切れた。
携帯を見て、なにか引っかかるものがあったが、思い出せないという事は大したことではないのだろう。
それからほどなくしてインターホンが鳴った。
「早かったな」
「結構近くまで来てたから………今日、お家の人は?」
「母さんは同窓会だか行ってて、父さんは単身赴任だからいないよ」
「え………………」
「あ、いや…あの…別にそういう意味じゃないよ。妹は今日バイトで………あ、そういやまだ迎えに来いって連絡きてなかったな」
もうそろそろ連絡が来ると思うけど。
「そう…なんだ………妹さんって、ショートカットで背が高い子?」
「え?…………話した事、あった?」
「前に商店街で買い物してたら、友也と一緒に空いてる所を見たの。声をかけようと思ったけど、……楽しそうだったから控えたんだ」
「なんだ、そうだったのか。声かけてくれれば良かったのに。紹介してって言われてたんだ」
一瞬だけふっと見せた表情は悲しげだった。何故?と思った瞬間にはリサの腕が絡んできて聞くタイミングを逃してしまった。
「ねぇ友也の部屋連れてって、見てみたい」
「いいけど………変なものは置いてないよ」
「え〜…なぁんだ」
ニコニコと機嫌の良さそうなリサを連れて部屋に招き入れる。
先程急いで山積みの本や、脱ぎ散らかした服は片付けたがやはり傍目に見ても散らかっているだろうか。
…吃驚してないかな?そう思って小柄な彼女に目をやると
「ふふっ…………」
「ん?」
「いや、やっぱり男の子だなーと思って」
「…だからちらかってるって言っただろ」
「ねぇ友也………あの写真に写ってるの妹さん、だよねぇ?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあこっちは…?」
「それは近所に住んでた幼馴染…………リサ?」
急に影を落とした彼女が気になり、真正面に回ろうとしたが、
足が…動かなかった…………。
「リ………リサ?」
「あ……………ごめん……ごめん………友也」
途端にずん…と鈍い痛みが腹部を襲った。
「……友也が悪いの…………………あんなに、あんなに愛し合ったのに………私の事、きれいさっぱりわすれちゃうんだもん」
「…………な、に………」
「この足の事も覚えてないのね……………あなたが他の女の子と遊びに行かないように……私が階段から落としたのに」
「え……………」
その場でうずくまる僕に、ゆっくりとリサが屈み込んで僕の頭を抱え、耳元に唇を近づけて言った。
「愛してるわ…………」
「な……ぜ……」
「愛してるから、私だけのモノにするの…………そうしないとあなたは妹さんと出かけたり、幼馴染と仲良くしたりするでしょう」
<視点切り替え:リサ>
私、知ってるのよ。
私を遠ざけるために、わざと幼馴染と登下校したりしていた事。
だからね、最初にあの子にバイバイする事にしたの。
あの子…今日から家族で旅行なんですって、ねぇ。
今はきっと、何故か不具合を起こした車であの世まで旅行に行っているはず…
あと、あのショートカットの子、妹さんだったのね。
知らずにバイバイしちゃったけど、許してくれるわよね?
大丈夫、妹さんは苦しんでないはずよ、一瞬で首を折ってあげたから…。
あれ?なんで苦しそうな顔してるの?
あ、わかったぁ……お腹だけ刺したから苦しいんだね。
ああ。私、男の子なのに細くて長いその指も好きなの。
でも…私以外の子を触るその指なんて、いらないわよね?
次は………その目にしようかな。
私、友也が子供とか動物を見て穏やかに微笑むその目が好きなの。
大丈夫今度は痛くないように、麻酔注射してあげる。
痛いの?泣かないで?
でも、友也の声ってこんなときでも透き通ってキレイ……………。
喉潰しちゃうの…もったいないかしら……でも…………。
「私に、もう二度と僕に近づかないで、なんていうその口も、もう要らないわよ…ね?」
「…………リ…………サ…………」
「嬉しい…!最後まで私の名前を紡いでくれるのね。友也愛してる…黙ってないで何か言ってよ」
黙りこくった彼の頭を抱きかかえる。
ねぇこっち向いてよ、友也。
愛してるって言ってよ、友也。
「そっかぁ…昨日遅くまで課題やってたよね………向かいの窓から見てたから知ってるの」
じゃあ私、膝枕してあげる。
ゆっくり、寝てね。
おやすみ。
私の、友也…。
思い出したくない事は、誰でも一つくらいはあるものでしょう?
消して、差し上げますよ。ええ、もちろんきれいさっぱり。
その代償と言っちゃあなんですが……、ああ、そんなに怯えないでください。
別に命を取ろうなんて思っちゃあいませんよ…ヒヒヒ。
ああ、代償ね。そうだそうだ。
…あなたの思い出、私に下さりませんかねえ?
え?何に使うのかって?
そりゃあ野暮ってもんですよォ、お兄さん。
別にきれいさっぱり片付けたい思い出なんですから、未練もないでしょォ?
ヒッヒ…、まぁじっくりゆっくり考えてくださいな。時間は、たっぷり、あるんですから。
……………ねぇ?