昨日の夢には俺が出てきたらしい。

起きぬけの一言目が、おはようではなく、「今はまだそのままでいいよ。ってどういう意味?」
という言葉だった。
え?なにそれ?と問いかけたら、昨日夢に出てきた俺がそう言ったのだと言う。

夢の中の俺は一体ササラに何をしたのだろう。
そんなことを考えながら、朝食の準備をする。

「トマト…」
「うん、トマト。これからパンに挟むけど、ササラ、トマト嫌いだったっけ?」

「ううん」
「そう?」

今朝早く、生活に必要な物のほとんどは業者に預けてしまったので、
今日の朝食は簡単に出来るサンドイッチにした。

「しろ……白米は?」
「今日はサンドイッチ。炊飯器は引っ越し屋さんが持って行っちゃったから」

「そう」
「顔洗って来たら?」

「うん」

ササラにしては珍しく、眠りが浅かったらしい。
いつもは見えないが、今日は目の下がうっすらと腫れている。
嫌な夢でも見たのかと思ったが。
本当に嫌な夢を見る時、ササラは俺を起こすから、きっとそれはないと思う。

「朝ごはん、食べたら出発?」
「そのつもりだけど。何かやり残した事あるの?」

顔を洗って幾分かすっきりしたような顔をしたササラが洗面台から顔をのぞかせた。

「友也と、お母さんに会いたい」
「そっか。そうだね、お礼も言ってないから、寄って行こうか。でも居なかったら諦めて」

「分かった」
「うん、じゃあどうぞ」

「いただきます」

手を合わせたササラが食事に手をつける傍ら、コーヒーを淹れようとして、コーヒーメーカーも荷物の中に入れてしまった事に気づき嘆息する。
しょうがない、後でコンビニ寄ろう。

「昼は何食べたい?」
「お昼?」

「そう。移動一日がかりだから、どっかで食べるけど何がいい?」
「そばがいいな。あったかいの」

「そばか……なら、高速乗っても良さそうか」
「あ」

「なに?」
「……ジュノ、怒るかもしれないけど」

「…ん?」
「仕事、来週だから一回、おじいの所行った方がいいかも」

「……………………………」
「おじいに顔も見せたいし」

「そっか。でもどっちみち高速かな」
「ジュノ、怒ってる?」

「…ううん、今はまだ怒ってない」
「ホント?」

不安そうに見上げるササラに、ホント、と念を推して朝食の片付けをする。
必要最低限の荷物だけを車に積み込んで、部屋のカギをササラに渡した。
ゲン担ぎ、だか、おまじないだか、良く分からないけれど、そうした方が良いとササラが言うのでそれに従っている。

アパートの部屋を出て階段を下りると、この半年ほどで見慣れた小さな町の様子が目に映る。
ここも良い町だった。
田舎町が余所者に冷たいというのは一昔前の風習に思える。

突然移り住んだ自分たちを迷惑そうにするどころか、あれこれ世話を焼いてくれたものだ。
特に友也と、友也の家族には世話になった。
迷子になったササラを送り届けて貰った事もあるし、道を教えてもらったり。
作りすぎたからとお裾わけを貰うのは茶飯事だった。
昨日は猫を探してくれた礼に、と揚げたての天ぷらを持ってきてくれたり。
旨かったな。
友也はきっとこれから素直に育つのだろうと思える、いい家庭だった。

「母親か…………」

柄でもない言葉を呟いた所で首を振り、車のキーを差し込んだ。
ササラも俺もこだわりのないタイプで、乗れればいい。走れればいい。
そう言った俺たちに、「大事な孫娘を預けるのだから」と、ササラの祖父が買い与えてくれたこの車が、最新の型だと気付いたのは最近の事だった。
ササラがテレビを指さして、「同じ」とそう言ったから。
随分と甘やかされているな、俺もササラも、そんな風に思いながら苦笑いを一つ零しドアを開ける。

程なくしてササラが助手席のドアを開けて乗り込んでくる。

「済んだ?」
「うん」

「んじゃ、友也のトコ直行で。不在だったら諦める、いいな?」
「手紙、書いたから、いなかったら置いてくる」

「ん」

ササラがシートベルトを着用したのを確認してから、車を発進させる。
少しだけ窓を開けると、この町独特の、ササラの言葉で言えば「潤った風」が感じられた。
ゆるやかに車を走らせる事、10分と少し。
小さな庭のある一軒家、が見えてくる。少々古めかしい門のある古き良き家屋。
友也と家族が暮らす家だ。

門の少し手前で車を停車させ、エンジンを切ると、ササラが車のドアを開けた。
inserted by FC2 system