ササラが門の扉を開けて家屋へと足を運び、2回戸を叩いた。
家主からの返事はなく、一度だけ視線を落としたものの、すぐに顔を上げたササラは、ジュノが待つ車へと戻って行った。

「いない、みたい」
「…………そっか。休日だもんな。出かけてるのかも。…………少しなら待てるけど、どうする?」

「いい。手紙、置いて行く」
「そっか」

ダッシュボードに置いてあった、手紙を指さしたササラに、ジュノが頷いて手に取り、窓越しにササラに手渡した。
ササラは再び、家屋の方へ向かうとポストに手紙を差し入れる。
手紙をポストに入れると、踵を返しそのまま数歩、コツコツと足音を鳴らしたササラは、一度だけ振りかえりゆっくりと家屋を視界に入れた。

瞬きをするのを惜しむように瞼にその風景を焼き付けたササラは、足早にジュノの待つ車へと歩く。
助手席のドアを開けたところで、遠くの方から呼び声が掛かった。

「…ノー………ササラー…………ササラー!!」
「あ!」

遠くからこちらに駆けてくる影が一つ。
そしてその向こうからゆるりとした歩調で近づく影が一つ。
ササラとジュノが世話になった、友也と友也の母親の影だ。

「友也!」
「ササラ!ジュノ!!」

「良かったな、ササラ」
「…………………うん」

息を切らして二人に駆け寄ってきた友也に続いて、友也の母親がゆっくりと二人に近づいてくる。

「どうしたの!二人とも。遊びに来たの?」
「…良かった。会えて」

「ササラ?」
「友也、あの、あのね」

「友也…………………」

ササラ、と名前を呼び、片手を取って首をかしげる友也に言葉を詰まらせたササラが俯く。
車から降りたジュノが回り込んでササラの肩に触れた。

「ジュノ……?」
「友也、それと友也のお母さんにも。今日はご挨拶に伺いました」

「ごあいさつ?」
「ああ。大変急な事なのですが、僕の仕事の都合で転勤することになりまして」

「あら………最近やっと仲良くなれたのに、残念ねぇ」
「すみません。急ぎだったのですが、ササラがどうしても一言ご挨拶をしたいと申しまして」

「そうなの?……そう、わざわざ来てくれて、ありがとうね」

「親切にしてくださって、良くしてくださって、本当にありがとうございました。昨日も美味しい天ぷら頂いてしまって。二人で頂きました」
「あの…………天ぷら、美味しかった、です。たらの芽の天ぷら」

「食べてくれたのね。美味しかったなら良かったわ。ジュノ君も、ササラちゃんも、友也と仲良くしてくれて、ありがとうね」

ジュノがササラの言えない言葉を代わりに引き受けて、友也の母親に挨拶をし、
その間にササラが小さく、言葉を紡ぐ。

「友也も、ありがとうな。この町でお前に一番世話になったな。ほら、ササラも挨拶しないと」
「……友也、優しくしてくれて、ありがとう」

「寂しくなるわねぇ。ほら、友也もちゃんと挨拶しなさい」
「………ジュノも、ササラも、どこに行くの?」

母親と、ジュノ、ササラが会話をしている間中ずっと下を向いていた友也が、唇を噛み締めながら、問いかける。

「ちょっと遠いかな。新潟に行く事になったんだ」
「にい、がた?それってそんなに遠いの?」

「うーん、車で6時間か7時間…下手したらもっとかかるかも」
「そんなに…………!!じゃあもう会えないの!?」

「それは……………」
「ねぇジュノ!ササラも!!ヤダよ、そんな遠くに行っちゃうなんて…………」

「友也…………」
「ササラ!ササラはそんなこと言わないよね!」

「……………ごめん」
「嘘…嘘だよ、ジュノ…ササラ…」

小さく、ごめん、と呟いたササラに縋りつき、ポロポロと大粒の涙を流す友也に、
困ったような顔をしたササラが、動きを止めて立ち尽くす。

「友也ったら…ジュノ君とササラちゃんを困らすんじゃないの」
「だって、だってお母さん…………」

どうしたらいいか分からない、そんな顔をして自分の方を眺めるササラに、やれやれとため息をついたジュノは、
胸ポケットから、黒いケータイを取りだし、それをササラに手渡すと、友也に声をかけた。

「友也は携帯持ってないか?」
「えっ……う、うん」

「でも友也の家には電話、あるよな?」
「うん…家には、ある」

「だってササラ。俺は気にしないから、好きにしな」
「好きに?……うん、分かった」

「ジュノ…」
「……………縁があれば、きっとまた会える。だから、泣いてササラを困らすな」

「友也、あの、私、あまり携帯得意じゃないけど、ジュノに手伝ってもらうから。だから、寂しくなったら電話してもいいから」
「…ホント?」

「うん、用事があってこっちに来る事があったら、連絡するから、そうしたら、友也、泣かない?」
「う、うん!泣かない!!また会えるよね?」

「………………………」
「ササラ?」

「…………約束は、できないけど、きっと」
「分かった。きっと、きっとまた会おうね」

「…うん」

ぐいっと袖で涙を拭った友也が、無理やりに作った笑顔を見せてササラの手を握る。
次いで、もう片方の手でジュノの手を握ると。

「今度遊びに来る時には泊まりに来てよ!いいよね!お母さん!」
「ええ、そうね。いっぱいご馳走作らなくちゃね」

「ね!だから今度は泊まりに来て!」

いいよね、と首をかしげる友也に、二人は顔を見合わせると、頷いて。
ジュノがさらさらと手帳に、番号を書くと、友也に手渡した。

「ああ、こちらに来た時には世話になるよ、またな」
「友也、ばいばい」
「…………うん、ばいばい」

「気兼ねなく、またいつでも遊びに来てね二人共。体に気をつけて」
「いろいろ、お世話になりまして、ありがとうございました」

小さな肩を震わせて涙を堪えていた友也は、ジュノとササラの二人が車に乗り込み、
視界から消えるその瞬間まで手を振り続け、後に、わぁわぁと泣く声が、響き渡った。
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