「ラ………ササラ……」
「うん?」
「ついた、サービスエリア」
「そう。おはよう」
「おはよう、お腹は?」
「まだ、あんまり」
「そう?もう少し寝る?」
「ううん、少し風にあたりたい」
そっか、とジュノが頷いてカーディガンを羽織らせてくれた。
どうやら私は人より少し体温が低くなりやすい、分かりやすく言えば冷えやすい体質らしい。
車から降りてぐっと体を伸ばす。
吹く風はあの町よりも少し硬い。
車がたくさんあるから、排気ガスの影響もあるかもしれない。
硬いだけ、で息苦しくはない。
うん、まだ大丈夫。
「散歩できるコースがあるみたいだけど、少し歩く?」
「うん。でも今はダメ」
「ん?」
「………あそこのベンチ、いるから」
「そうか。じゃあ、……って言っても中に入ったらアレコレ気になるんだろうな、ササラは」
「美味しそうな匂い」
「やっぱり……」
「ねぇ、ジュノ、あれは何?」
「なんだろ。見に行ってみる?」
「うん」
ジュノと建物の中に入ると、いろんな匂いがして。
「………やめといたら。そば、食べられなくなるよ」
「でも、美味しそう。じゃがいも」
「ジャガイモ?ああ、あれか」
「じゃがいも」
「好きだね、ササラも」
「うん、ジュノも」
「…俺も?」
「ジュノも」
一緒に食べよう、と言い添えるとジュノは分かったよ、と笑って。
店の人だかりに並ぶ。
「ホント、どういう胃になったんだろうねササラは」
「ジュノが作るご飯が美味しいから、たくさん食べたくなる」
「………………………そっか」
「どうしたの?」
「………大丈夫、なんでもないよ」
「そう?」
このところ。
ジュノは時々良く分からない顔をする。
その顔が、どんな気持ちを意味するのか、その感情の名前がなんなのか。
私には分からない。
ジュノが買ってくれた電子辞書を引いてみようにも、名前が分からなければ引く事は出来ない。
今の私にはつらいとか、かなしいとか、そういうのじゃないなら、良いと、願う事しかできない。
「ササラ」
「……ん?」
「どれがいいの?」
「じゃがいも」
「これ、一つください。あとは?」
「おそば、食べられなくなったら嫌だから、これだけでいい」
「分かった。これ、もうひとつ」
「二本で400円です」
「はい」
「ありがとうございます」
「はい、ササラ」
「うん」
天気が良いから、外で食べようとジュノが言うから、外のベンチに座って、袋を開ける。
揚げたての香ばしい匂いに、わくわくしながら、口に入れるとカリ、と衣が小気味のいい音を立てた。
「うまいね」
「うまい」
「………なんでも俺の真似するの、やめようよ」
「……どうして?」
「………うん、俺が悪かった。出来るだけ綺麗な言葉を使うようにするよ、うん」
「うん?」
カリカリと大きく口を開いて、じゃがいもを食べていると、ジュノがくすくすと笑った。
右のポケットからハンカチを出したジュノが、私の口の端を抑える。
「女の子なんだから、綺麗に食べないと」
「うん」
「これじゃあ俺がお母さんみたいだ」
「ジュノが、おかあさん?」
「………………それはちょっと嫌だな」
「……………………嫌なの?」
「嫌なんだけど、うーん難しいな」
そう言って困ったなーって言ったジュノがじゃがいもを口にする。
私は、なんとなくちょっとだけ、残念な気持ちになった。
今さら母を思い出して感傷に浸った訳じゃなくて、
やんわりとでも、ジュノに拒否された事が、悲しかったんだと思う。
「…………………あのね、ササラ」
「……………」
「俺は、男の子だからお母さんが嫌なだけ」
「…………」
「お父さん………って程でもないから、お兄さん、かな」
そう言ったジュノは、なんだかちょっとだけ寂しそうな顔をしたから。
聞いてみた。
「ジュノは、お兄さんも嫌?」
そうしたらジュノは驚いたような顔をして。
それから首を振ると
「嫌じゃないけど、ササラには、ジュノって呼んで欲しいから」
そう言った。
その後に、
「いつの間に顔色読まれるようになっちゃったのかな」
と言って、立ち上がる。
「ごめんなさい。寂しそうに、見えたから」
「寂しくないよ」
「本当?」
「うん」
「そっか」
「うん、それ食べたら行こう。もう少し先にもサービスエリアあるし、じゃがいも、食べたからお腹空いてないだろ?」
「うん」
ジュノに、待って、と言って立ち上がる。
ジュノは絶対に私を置いて行かない。
そう分かっているのに、何故か私はジュノの背中を見るのが怖くて。
少しだけ前を歩けるように、駆け足でジュノを追い越した。