「お部屋までご案内致します。お荷物をこちらに」
「いえ、少ないので自分で。案内も、いいです」
「かしこまりました、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「ありがとうございます」
フロントで形式上の挨拶だけを済まし、顔面に愛想を張りつけてキーを受け取る。
慣れては来たけれど、こういういかにもなシティホテルはどうにも苦手だ。
日々の生活を慎ましやかに過ごすためにも、多少の愛想はあった方がいい。
いろんな場所に移り住む自分たちにとって、それは一つの課題であったように思える。
「終わった?」
「うん、おじいからの連絡まだだから、部屋でのんびりしよう」
「………うん」
「息苦しい?」
「…すこし」
都会の硬い空気に晒されたササラの顔色はいつにもまして白い。
最近では少しでも緑で癒しを、とかなんとかいって観葉植物を置いている部屋もあると聞くが。
窓を開ければ淀んだ空気が入ってきてしまい、部屋の中に一個二個植物があった所で気休めにしかならない。
それならむしろ新しく新設されたと言うガーデンテラスに連れ出してやったほうが良いかもしれない。
「とりあえず部屋に荷物置きに行こう」
「うん、だいじょうぶ」
いつ来ても、このホテルに自分たちは不釣り合いな気がして居心地が悪い。
……ササラは、きっと身綺麗に整えてやればそんなことはないのだろうけれど。
必要以上に着飾る事も、あまり好きではないらしい。
デザインや、見た目よりも、その服と自分との相性で選ぶのだそうだ。
チン、とエレベーターが望みの階に着いた事を告げる音が鳴って扉が開く。
隅々まで手入れの行き届いた廊下を進み、自分たちの泊まる部屋のドアを開けると、広い部屋が視界に入る。
「ひろい」
「そうだね。2日くらいしか泊まらないのに………ん?」
部屋の窓際、丸いテーブルの上に包みが二つ置いてある事に気付き、
包みの上に置いてあったメッセージカードを手に取った。
「…………………ああ。忘れてた、ちょうどよかった」
「なぁに?」
「うん、今夜はおじいと食事だろ?このままの格好で行けるような店じゃないだろうし、着替えは引っ越し屋さんに渡しちゃってる」
「うん」
「おじいが用意してくれたみたいだよ、手紙に書いてある。きっとそっちはササラにだ」
「おじい…」
俺にならって、ササラが包みの上のカードを広げる。
手紙の文面には、息災でやっているようで安心した、今夜顔を見るのが楽しみだ、正装してくるようになどという事が書いてあった。
また、手紙の最後はこう綴られていた。
今夜の食事にはお前も同席しなさい、と。
「堅苦しい店、好きじゃないんだけどな」
「私も…………窮屈な服、きらい」
「そう言うな。おじいに、貰った服着てる所見せてやりたいだろ?」
「おじいが喜ぶなら」
「じゃあ着て見せてあげたら」
「うん」
「……………美容室予約取れるかな、今から」
「美容室……行かないとダメ?」
おじいの贈ってくれたドレスを広げながら返事をしていたササラが手を止めて、こちらをじっと見つめてくる。
そんなに嫌なのか、美容室。
「……………ダメ?」
「美容室の方が綺麗にしてもらえるよ」
「ジュノが」
「うん?」
「ジュノがしてくれたらそれでいいのに」
「……………しょうがない子だね」
いつもそうだ。
その言葉に俺は弱い。
俺を必要としてくれるその言葉と、ササラさえ居れば。
きっとどこでだって生きていけるとすら思えてしまう自分に小さくため息をついて。
「出来るだけ、綺麗にしてあげるから」
うん、と満足そうに笑うササラに気付かれないように苦笑いを零した。